皆さんに使ってもらうCADソフトウェア「VectorWorks」は、実は実務社会の中ではそれほど一般的なものではありません。にもかかわらず、なぜその使用を義務づけるのか?そこにはコンピュータを用いたデザイン教育に関する、通信建築デザインコースの明確なコンセプトが潜んでいます、というか、私自身はそう考えています。
「CAD」とは「Computer Aided Design」の略で、直訳すれば「コンピュータ支援によるデザイン」となります。でも「デザイン」作業をどの様にコンピュータが「支援」してくれているのか?と考えると、随分とあやふやな面もあります。もちろん、その際には「デザイン」という言葉の定義やそこに込める考え方の違いによって、様々な差異が生ずるのでしょうけれど。
CADソフトウェアと呼ばれるものは、何も建築の世界だけではなく、機械設計や設備設計など広くものづくりの現場、あるいはエンジニアの現場で用いられているようです。そこでは、用途によって大まかに2つのタイプに分けることができるかと思います。
いわゆる「2次元CAD」と「3次元CAD」です。
2次元CADは平面作業のみを取扱うもので、主として図面作成のツールとして活躍しています。ただ、その機能はあくまでも図面制作機能に限られていて、デザインの構想やエスキースを練るためのツールではありません。既に確定している計画の図面を、いわば「清書」として簡単に描くためのツールと言って良いでしょう。
鉛筆や製図ペンを用いて手書で図面を描く苦労と比べると、2次元CADを用いた方がより効率的な作業が行える場合も多いかもしれませんが、少なくとも私自身にとっては、デザイン構想を「コンピュータによって支援されている」実感はありません。デザインの構想を練るためのツールではなく、製図作業を支援するためのツールと言えます。
これを「ドラフティング・ツールとしての2次元CAD」と呼ぶことにします。
3次元CADはコンピュータの仮想空間上に実物大の模型を立ち上げる作業、いわゆるモデリング作業を行い、CGパースなどを作成するためのツールです。しかしここでも、デザインの構想やエスキースを練るためのツールではありません。既に確定している計画の図面を手掛りに、3次元的にモデルを組立て、完成予想の状態を簡単にプレゼンテーションするためのツールと言えます。
もちろん、透視図法を習得して図面から各種パースを手作業で作図することと比べれば、3次元CADを用いた方がより効率的な作業が行えますし、一旦モデリング作業を完了すれば、あらゆる角度からそのパースを取出せますし、場合によってはアニメーションなど動画も取出すことができたりします。それはそれで、大変便利なのかもしれませんが、やはり、私自身にとっては、デザイン構想を「コンピュータによって支援されている」実感はありません。プレゼンテーションに使用する表現素材の作成作業を支援するためのツールと言えます。
これを「プレゼンテーション・ツールとしての3次元CAD」と呼ぶことにします。
いずれにしても、一般に普及している「CADソフトウェア」の多くは、上述の様な「作業支援」のためのツールであって「構想支援」はしてくれません。実務の世界でバリバリ「作業」をこなさなければならない状況であれば、それらの「作業支援ツール」も効果的に機能することでしょう。でも私たちにはあまり必要のないツールなのかもしれません。
私たちに最も必要なツールとは「デザイン構想」を支援してくれるツール、もっというと「空間思考ツールとしてのCADソフトウェア」ということになるでしょう。
頭の中の漠然としたイメージを、少しずつ具体化していく過程ではスケッチを重ねたり、模型をつくったりしますが、その様なデザイン構想プロセスで役立つツールこそが本当の意味での「デザインを支援するツール」と言えるでしょう。
そう言う意味では、一つのソフトウェア上で2次元作図と3次元モデリングとを同時に作業できて、その間を自由に行き来できる「VectorWorks」は、私たちが求める「空間思考ツールとしてのCADソフトウェア」に随分近い存在かもしれません。
その分、2次元ドラフティングも3次元モデリングも、どちらも少し物足りないものかもしれません。(なんてことを言うと発売元のエーアンドエー社に怒られそうですが)ただ、その「ものたりなさ」が「デザインを支援するツール」として適当なバランスを保っている様に思っています。
いずれにしても、コンピュータやデジタルツールは「道具」にしか過ぎません。「構想」はアナログな頭で行うものです。そして、その最終成果物はデジタル(CGパースやCGアニメーションあるいはCAD作成図面)でも表現できれば、アナログ(手描きスケッチや模型写真あるいは手描き図面)でも表現できます。
そして、それぞれにはそれぞれの魅力や長所があります。
「空間思考ツールとして」は新しいヒントを与えてくれるかもしれないコンピュータも、決して万能ではありません。むしろ、コンピュータは単なる道具でしかない、と言う認識が重要です。コンピュータのみに頼らず、アナログな手作業を並行して行って、はじめて「空間思考ツールとしてのCADソフトウェア」の可能性を見つけ出せるのかもしれません。
関連用語:
エスキス
製図