建築学習 memo


  1. 環境デザイン演習[建築]デジタル教科書
  2. 池永 誠之
  3. 乾 陽亮
  4. 井上 晋一
  5. 植南 草一郎
  6. 小野 暁彦
  7. 小池 志保子
    1. 建築史と自分を繋ぐ旅
    2. 平面図を旅する
    3. 見極めること
  8. 小杉 宰子
  9. 清水 愛子
  10. 竹内 正明
  11. 谷村 仰仕
  12. 富家 大器
  13. 野上 珠理
  14. 日高 奈々恵
  15. 山田 由希代

平面図を旅する小池 志保子:環境デザイン演習[建築]II添削担当/DDLベーシック2D、DDLコンセプチュアルデザイン担当


 素敵な建築の中をぐるぐると歩きまわると、なんとも言えない幸福感に浸ることができます。歩いていく先に美しいものが見えたり、思ってもみなかった方向から光が降り注いだりと幸せな発見が多くあります。
 先日、サンフランシスコを旅したのですが、その時も幸せな気分に浸ることができました。巨大なアトリウム(建築の内部に設けられた吹き抜けを持つ広場のこと)と映画にも出てくるシースルーのエレベータで有名なハイアット・リージェンシー・ホテルを歩きました。写真を見てもらうとわかるのですが、巨大な吹き抜けに面して客室が並び、まるで屋外にいるかのような空間が建築内部にできあがっています。この建築を手掛けたジョン・ポートマンは、アメリカ各地にいくつものホテルをつくっていて、現代的な意味でアトリウムと呼ばれる空間を最初につくった人でもあります。
 旅をする前、外観やアトリウムの写真と断面図だけを眺めていました。平面図をチェックして行かなかったおかげで、思ってもいなかった発見ができました。アトリウムの巨大さや豪華さは行く前に想像していた通りでしたが、意外だったのはその客室フロアの開放感でした。ホテルという雰囲気にぴったりなアトリウムから、特徴的なエレベータに乗って客室フロアにつきます。そしてアトリウムを見下ろしながら自分の部屋まで歩きます。通常のホテルであれば、長く続く薄暗い廊下を歩くことになるのですが、ここではゆったりと周囲を眺められます。さらにはアトリウムを特徴付けている緑が手摺りから垂れ下がり、目を和ませてくれます。このように歩きながら楽しませてくれるのがよい建築ではないかと思っているので、すっかり幸福な気持ちになりました。
 ただし事前に平面図を見ておけば、廊下のこの開放感をある程度予測できたのではないかと思います。旅をするのと同じくらい、書物の中の建築を歩きまわることも楽しいことです。歩いている時に何が見えるのか、先にどんなものが待ち受けているのかということを想像しながら平面図を辿ります。実際の旅にはかなわないかもしれませんが、家でぬくぬくとくつろぎながら旅が出来るのです。過去の名建築、最新の現代建築、そして自分が設計した建築と旅する場所はたっぷりとあります。
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ハイアット・リージェンシー・ホテル1974年 ジョン・ポートマン設計
 私は普段、テキスト演習科目の環境デザイン演習〔建築〕II-1とII-2の添削を担当しています。「水のある空間」と「眺めのいいギャラリー」の課題です。その時にも、みなさんが提出された建築の平面図の中を歩きまわります。水がどのように感じられるのか、どのように展示作品を見られるのか、ということを歩きながら確認します。その都度、断面図やパースと照らし合わせながら空間を想像するのです。そうすると風景の見え方が面白いことや階段が昇りやすいこと、あるいは通路幅が狭すぎることやトイレがないことにも気がつきます。場合によっては歩きながら空間をイメージするための情報量が少なく、残念ながら旅が出来ない時もあります。
 建築をつくるときには想像力が重要だと思います。誰も思い付かないものをつくるための創造力だけでなく、自分が考えた建築が歩きやすいかどうかを想像する力が大切です。それをもってすれば、今まで見えなかったものが見えるようになります。みなさんも架空の建築を旅して、平面図から空間を想像することを楽しんでみてください。
 建築の本質的な良さは、実際に空間を体験することでしかわかりません。できるだけ多くの旅をして、できるだけ多くの空間を体験することに勝るものはありません。しかし、ひとりの人間がすべての建築を経験することはとても難しいことです。
 では、どうすればいいのか?こんなとき、平面図を旅することをお勧めします。本当の旅には勝てないものの、図面を読み、空間を想像する、という行為によって建築を疑似体験することができます。
関連用語:
アトリウム