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京都御所の高御座等の一般参観に行ってきました

2020.08.01

みなさん、こんにちは。業務担当非常勤の岩田です。関西でもようやく梅雨明けしました。毎日暑いですが、先日、京都御所の一般参観に行ってきました。今は、即位の儀式の際に用いられる天皇の御座である高御座(たかみくら)と同じく皇后の御座である御帳台(みちょうだい)が展示されています(8月27日(木)まで)。

現在の高御座と御帳台は大正天皇の即位の際に製作されたものです。大正・昭和天皇の即位の儀式は京都御所の紫宸殿で行われましたが、平成の天皇の即位の儀式は東京で行われました。その時、高御座と御帳台は過激派の攻撃を警戒し、自衛隊のヘリで京都から東京に極秘に運ばれたそうです。当時、そんなことまったく知りませんでした。今回は、世の中の状況の変化をふまえて、陸路トラックで運ばれました。肝心の高御座と御帳台ですが…。なんだか暗くなり、うまく撮影できませんでした。

平安時代の内裏は現在の京都御所からずっと西の千本通りにありました。内裏は、天徳4年(960)年に焼失して以来、里内裏(天皇家や外戚ゆかりの邸宅を臨時の皇居にしたもの) → 内裏再建 → 焼失を繰り返し、安貞元年(1227)の内裏炎上ののちに廃絶してしまいます。以後、いくつかの里内裏が用いられ、元弘元年(1331)、北朝の光厳天皇の即位ののちは、現在の京都御所の場所に定着し、土御門内裏と呼ばれます。

内裏の正殿であり、様々な公式の行事が行われた紫宸殿、天皇の居住空間でありかつ様々な公式の行事が行われた清涼殿など、御所の南側の公的空間にある建物は、安政2年(1855)に再建されたものです。内裏は何度も焼けますが、寛政2年(1790)の再建の際には、裏松固禅の厳密な考証に基づいて平安時代の形式に建物を復元し、安政2年度の再建の際にもその形式を踏襲しました。江戸時代に造営された建物だけれども、平安時代の内裏の雰囲気を知ることができます(ただし、基壇や屋根は江戸時代の技法を用いたり、規模もまったく同じではなかったりします)。

だらだらと解説が長くなりましたが、紫宸殿周辺で注目したのは紫宸殿に向かって右側の、板敷の空間です(左近の陣)。平安時代、ここで公卿達が会議を開きました(陣定〈じんのさだめ〉)。吹きさらしで冬は寒そうです。会議の結果報告を清涼殿に住む天皇に報告する際には…。貴族たちは、紫宸殿の南階の下(裏側)を通り、清涼殿に向かいました。

天皇のお住まいであった清涼殿は残念ながら、工事中でした。その後は、今回の即位の儀式で使用された、太刀や弓、楯などの威儀物(いぎもの)が展示されている小御所、即位の儀式で使用された装束が展示された御学問所を庭から見学して帰ってきました。貴重な文化財に接すると、その迫力や歴史の重みに圧倒されます。

京都御所は、2016年の夏から事前申し込み不要の通年公開になりましたが、それと今回のような期間限定の特別公開とがあります。特別公開の時は、紫宸殿の前や紫宸殿の西側を通り、清涼殿の前庭に出るのですが、通年公開では見学ルートが若干異なります。紫宸殿の正面まで行かず、紫宸殿前の南庭の南東隅から紫宸殿を拝観することになります。

今回の一般参観は、整理券を1日に5000枚配布して、整理券に記載された時間帯に入るシステムでした。平日の雨上がりに行ったので、午後でも整理券をもらってすぐに入ることができました。コロナの感染者数が増加している中で、気軽に行ってくださいとは言えない状況ですが、これから行かれる方は、日陰があまりないので、熱中症対策を十分にして行ってください。

詳細は宮内庁HPをご覧ください。
https://www.kunaicho.go.jp/info/takamikura-r02.html


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