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歴史遺産の部屋

研究に使えるツールのご紹介-今昔マップ―

2020.06.19

みなさん、はじめまして。今年度から東京でのスクーリングをサポートすることになった伊藤陽平と申します。普段は日清・日露戦後の政党や官僚に関する研究をしています。この間のzoomでの相談会でもお目にかかった方もいらっしゃるかもしれませんが、改めてよろしくお願いします。
 この歴史遺産の部屋では、時折研究で使えるツールをご紹介していこうかなと思っています。今回紹介するのは「今昔マップ」というサイトです(http://ktgis.net/kjmapw/)。皆さんの中には卒業研究などで特定の地域の歴史を扱う方も多いのではないかと思います。このサイトは現在の地図と昔の地図を簡単に比較することができるもので、地方の地理的な変化を見るのにとても便利です。
 ここでは私が最近本業の明治政治史をさぼって研究している埼玉県戸田市の戸田競艇場周辺を例に、サイトの使い方を見てみましょう。戸田市は地方交付不交付団体で、非常に財政状況が良い自治体です。財政に最も寄与している収益が、この戸田競艇であるといっても過言ではありません。この競艇場が設立された歴史的背景として関東平野を貫く荒川の改修事業が存在します。
 写真1を見てみましょう。これは今昔マップの画像を加工して作った現戸田漕艇場周辺の地図です。荒川が非常にくねくねと曲がっていることがわかると思います。この地域は曲折した川の形のせいで頻繁に洪水に見舞われており、1910年には関東大水害と呼ばれる大洪水が起こりました。これをきっかけに荒川改修事業が推進されることになります。周辺の土地を買収しつつ、曲折した川の形をゆるやかなカーブに変え、新たに堤防と遊水地を設けて水害に備えました。この河川改修の成果は写真2(1932年の現戸田漕艇場周辺)に表れています。くねくねしていた川がなだらかになっているのが分かります。
 戸田周辺の荒川の様相は昭和になるとさらに変化します。写真3を見てみましょう。これは1979年の地図ですが、荒川の北上に何かできています。現在、競艇場が存在する戸田漕艇場です。この施設が作られたきっかけは1937年の三領排水工事でした。この工事はもともと9つの樋管で行われていた排水を1か所にまとめ、洪水の際に排水が逆流しないようにする内容でしたが、途中で排水路の幅員を増大させて運河とするものに変わり、設計も貯水池とするものに変更されました(排水路は別に作られました)。この工事の最中、1940年に東京でオリンピックが開かれることが決まり、運河計画は漕艇場設置計画へと急展開します。戸田町は猛烈な誘致競争に勝利し、ボート競技の開催地となりましたが、結局、このオリンピックは戦争に突入する中で中止され、「幻のオリンピック」と呼ばれることになります(今年開催予定だったオリンピックの行方も気になりますが…)。
 戦後になるとこの漕艇場が競艇場に再利用されることになりました。戦災復興で財政難に苦しむ自治体のため、競馬、競輪、競艇、オートレースといった公営賭博が時限的に許可され、戸田もこの波に乗りました。その結果、戸田競艇場が開かれることになるのですが、ボート競技に使用していた漕艇競技関係者から猛反発を受けます。競艇関係者とスポーツ界の対立は、戸田漕艇場が再びオリンピック会場に指定される中で激化していきますが、記事の趣旨から外れるのでここら辺でやめておきましょう。
 ここまで紹介した写真はすべて今昔マップの画像を加工したものです。サイト上でこれらの写真がどう表示されるのかを最後に写真4で確認してみましょう。右側が現在、左側が過去の地図です。自動的に位置を合わせてくれるので非常に比較しやすいですね。左端で表示する地図の時代を指定できるので、色々比較してみると土地の歴史的な変遷が見えてきます。地図だけでなく航空写真も表示できますし、設定を変えれば4つの地図・写真を比較検討することもできます。研究の際にはぜひ活用してみてください。

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