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歴史遺産の部屋

平安京を旅してみませんか

2020.04.28

みなさん、こんにちは。今年度から栗本先生と石神先生をサポートする業務担当非常勤講師になりました岩田と申します。これから時々、この「歴史遺産の部屋」に記事を投稿していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

さて、この写真は一条戻り橋です。近所に晴明神社があるので、あわせて行ったことがあるわ、という方もおられるでしょう。春には一足早く桜の花が咲きこぼれてとてもきれいです。橋の下には堀川が流れていて、整備された遊歩道はのんびり歩くにはうってつけです。現在は市民生活に溶け込んだ、なんの変哲もない風景が見られます。ところが、ご存じの方も多いでしょうが、この場所には10世紀の貴族三善清行が生き返ったという伝説があったり、戦国時代には幾人かの人が処刑されたという話があったり、現在と異なる顔を持っていました。京都は古代から現代まで、さまざまな時代の歴史が積み重なっており、一つの場所の過去を探っていくといろんな顔が現れてきます。それが京都の歴史の大きな魅力でもあります。

そこで(強引な展開ですが)、みなさんにご紹介したいのが立命館大学アート・リサーチセンターによる「平安京オーバレイマップ」です。(https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/)
これは、Googleマップに平安時代に関する地図を重ねたもので、使い方次第ではとてもおもしろいものです。平安京の地図だけ眺めても、なかなかその位置関係が理解しにくいところもあるのですが、現代の地図に平安京の範囲や建物の場所を示してくれているのでわかりやすいです。例えば、現在の御所のあたりを見てください。なんと、平安京の北東のすみっこにあるではないですか。しかも北側が一部平安京からはみ出ています。えっ、天皇のお住まいは都の端っこなの?とおもいきや、平安時代の天皇のお住まい(内裏)はもっと西にあり、内裏を取り巻く官庁街(平安宮。大内裏ともいう)とあわせて、平安京の中心北部にあります。いろいろな変遷があり、天皇のお住まいは東へと移動したのです。じゃあ、現在の御所のあるあたりは、平安時代はなんだったの?と、確認してみると、貴族の邸宅であったことがわかります。

他にも、お目当ての場所が現在のどのあたりにあるのか、現在はどんな風景になっているのかもわかります。例えば、平安京のメインストリート朱雀大路(幅約85メートル!)は、現在の千本通に重なりますが、この地図の右側にはGoogleマップでおなじみのペグマン(オレンジ色の人形)があるので、それをドロップして、千本通に置いてみてください。ストリートビュになり、現在の千本通が現れますが、あれっ?なんか小路になっている…。という具合で、平安京のある場所が現在はどうなっているのか、ということも確認できます。お目当ての場所自体がわからない場合は、『京都学』のテキストの24頁に平安京の地図があるので、そちらで確認してから「平安京オーバレイマップ」を見てもよいかもしれません。例えば、御霊会で有名な神泉苑はどこにあるのかしら…。テキストでみると、平安宮の右下、大学寮の隣にあります。そこで、「平安京オーバレイマップ」で場所を確認すると…二条城の南側にあったのね、というか、二条城の一部ももとは神泉苑だったのね、ということが判明します。

現代のあの場所は平安時代にはどんな場所だったのかな、逆に平安時代のあの場所は今どうなっているのかなというように、現代と過去とを行き来して京都について学び、楽しむことができる地図だと思います。想像力の豊かなみなさんでしたら、もっと楽しい使い方をされることでしょう。

今はリアルな京都旅行はできない状況です。でも、このマップを利用してみなさんも平安京を旅してみませんか?

〇他の時代も含めた紙媒体の地図
・谷川彰英監修『重ね地図で読み解く京都1000年の歴史』 宝島社新書、2018年
・『京都時代MAP』新創社 
平安京編、安土桃山編、幕末・維新編あり。


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