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小説合評サロン(仮)

朝井まかてさんの教え

2021.10.01

今日から10月に入りました。
当サロンを立ち上げて5日目ですが、メンバーはまだ3名です。
合評に関連する話を気長に発信しながら、このサロンが目にとまることを待とうと思っているところです。

今日は私がまだ合評というものを経験していなかった2年前、作家の朝井まかてさんから聞いた話をお伝えしたいと思います。

それは某文学学校で開催された朝井まかてさんの特別講座でした。

作家デビュー前だった40代の頃、朝井まかてさん自身もその文学学校に通い、毎週毎週、小説作品の合評会に参加しておられらそうです。

その当時の経験を通して、合評に臨む時のアドバイスをしてくださったのでした。

「合評の場に出る時はしっかり作品を読んでから参加してほしい。切実な思いで書いている人もいます。理解を示したふりは書き手にとって毒になります。大事なのは、ごまかさずにちゃんと伝えることです」

この時、まだ合評というものを経験していなかった私には、朝井まかてさんが本当に意味するところは理解できていなかったと思います。

しかしその約1ヶ月後から参加するようになった合評会で、「理解を示すふりは書き手にとって毒になる」という意味を身をもって知ることになりました。

合評参加者はとても感じの良い人たちで、人柄が不誠実だとか不正直だとか言うのではありません。むしろ本当にいい人たちでした。
ですが合評に対しては正直とは思えない場面が多々ありました。

作品の芯の部分には触れず、小説の本筋とはかかわりのない感想を述べる人。
軸をずらして褒められそうなところだけ褒める人。
面白かった、読み応えがあった、続きが楽しみだ、と毎週決まり文句のように同じ言葉で締めくくる人。

書き手にとっての毒とは、こういうことかと思いました。
褒められる作品ばかりが毎週毎週出てくるようなら、全員がとっくに結果を出しているはずです。

毒とは、書き手を誤った方向に導くものだと思いました。口当たりの良い毒は、結果的にその作品をダメな方向に向かわせかねません。

第三者として他人の感想を聞いている時には、その人が正直なことを述べているかどうかは一見して分かります。
しかし自作品の合評となると、真摯な批評もいい加減な感想も、波のように一斉に押し寄せて来るのです。

書き手は耳ざわりのいい褒め言葉を聞くために合評会に参加しているのではないと思います。
本当に自分の作品がどこをどうすれば伝わるものになるのかを、真剣に知りたいのだと思います。

作者であるがゆえに見えていないもの、気づかないことを、他者の視線を借りて気づかせてもらえるのが合評会だからです。

そうした書き手の気持ちに応えようとする真摯な態度で合評に臨む人もいます。
そういう人は書き手と作品のことを真剣に考えているのであって、これを言うと自分がどう思われるかは考えていないと思います。

ではこれらの分かれ目は何かと考えると、批評と批判の区別ができているかできていないかの違いではないかと思うのです。

朝井まかてさんのお話を、私は今も合評に臨む際の基本にしています。





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小説合評サロン(仮)

メンバー 6名

日々孤独に小説創作に取り組んでいる皆さん、定期的な合評の場が欲しいと思ったことはありませんか。
同じ意思をお持ちの方がおられたら、ぜひご一報ください。

【こんなメンバーを求めています】

● 小説新人賞への応募を目指して創作に取り組んでいる
● 自作品(小説)を読んでもらった感想や批評を聞きたい
● 小説執筆に取り組む仲間と情報交流をしたい
● 50枚から100枚程度の完成した小説作品がある
 合評作品を真剣に読み込み、真摯に批評する姿勢がある
……etc.



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