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2006年度 卒業制作・卒業研究 作品・論文集

卒業制作展・卒業生に寄せるメッセージ

卒業制作展

■会期
 2007年3月13日(火)~3月18日(日) 10:30~18:30(最終日は17:00まで)
■会場
 京都造形芸術大学 瓜生山キャンパス
 人間館、ギャルリ・オーブ、ギャラリーRAKU、D'sギャラリー
■コース別出展者数
 芸術学コース53名、歴史遺産コース14名、日本画コース49名、
 洋画コース58名、陶芸コース55名、染織コース30名、
 写真コース11名、アニメーションコース3名、
 情報デザインコース20名、建築デザインコース47名、
 ランドスケープデザインコース22名、空間演出デザインコース12名

卒業生に寄せるメッセージ

「「地の塩」となれ」
京都造形芸術大学 学長 芳賀徹

手習の顔にくれゆくほたるかな    蕪村
 通信教育の卒業生のなかには、この蕪村の句の少年のような思いで勉強なさったかたも多いことでしょう。
 縁側に机を出してお習字や絵や作文の勉強を一生懸命にする。だが、いつまでたってもうまく行かないし、うまくならない。そのうちに夕方になって泣きたいような気分になってくる。すると、その薄闇のなかを蛍がもう光りながら顔のほとりまで飛んで来たりする。
 「蛍の光、窓の雪」を明りにして勉強するどころではない、あのうんざりした気分。私も子供のころ、蛍こそ飛んでは来ませんでしたが、たそがれの薄らあかりのなかで勉強や宿題が進まず、途方に暮れたことがなんどもありました。まして皆さんはおとなの大学生、卒業制作や卒業論文を前にして、いっそう深刻に心細く思われたことがたびたびあったかもしれません。「いいとしをして、こんなことができないで…」などと、自分自身にむかってつぶやきながら。
 昨年の卒業制作展のあとに出た『雲母』で、各コース担任の先生たちが寄せた感想の文章を読むと、学生の皆さんのこの不安や戸惑いや焦燥の思いも意外によく伝えられていて、大いに同情を禁じえませんでした。通信教育の学生さんは、仕事と人生の両面ですでにかなりのキャリアを積んできた人が多いから、なかには途方に暮れるどころか、自信がありすぎて頑固に自説を言い張る人もいたりしたようですね。
 通学部の学生よりも難しいこのおとなの学生さんたちを相手にして、語り合い、教え、励まし、なだめすかしもして、引張りあげてきた担当の先生や事務の職員のかたがたの奮闘努力ぶりも、並大抵ではなかったでしょう。学長としては、この学校側の人たちにも敬意と感謝の念を捧げずにはおられません。
 そしてこの四年あるいはそれ以上の「蛍の光、窓の雪」の学習の苦労をへて、ついに皆さんの卒業制作展、そして御卒業! 皆さんにとってはさぞかし肩の荷をおろしたような、晴れ晴れとして春の日ざしが溢れるような気持でしょう。ギャルリ・オーブをはじめ学内いっぱいに展示される卒業作品のなかでも、皆さんにはそれぞれ自分の精魂こめた作品や論文こそが、いちばん際だって光り輝いているように見えるのではないでしょうか。まことにおめでとう!
 そしてこれから、大半のかたがたはふたたび社会人に、家庭の人にもどられるのでしょうが、この卒業に際して、それぞれに一生の一大事をなしとげたという思い、その自信と誇りとをなによりも大切に守りつづけてください。そしてその自信と誇りに裏打ちされた勇気をもって、藝術のよろこびと幸福をこの日本列島にまた世界に伝え、ひろめていって下さいますように。俳人中村草田男は昭和19年、兵士となって出征する自分の教え子に、聖書マタイ伝の一語を生かしてこんな一句を贈ったといいます。
勇気こそ地の塩なれや梅真白    草田男
 皆さんが私たちの願う「藝術立国」のための、やがて真白なすこやかな「地の塩」ともなって下さいますように。



「芸術の森」
京都造形芸術大学 通信教育部長 曽和治好


 卒業制作を成し遂げる。この創造行為には特別な意味があります。まずテーマやモチーフを発見すること。これが一仕事です。続いて、発見されたテーマに、一年間じっくりと向き合うこと。これは、自分とは何かという哲学的な問いにも似ています。深く深く、ゆっくりと、慎重に考えを深めてゆきます。自分自身との対話を繰り返します。あせらずに、しかし限られた時間のなかで、作品や論文の深化が図られるのです。
 また一方で、卒業制作は多様な関係性の広がりをも招きます。ゼミを同じくした学生の皆さん同士。同じコースの仲間。先輩、後輩。もちろん指導教員。自分自身の深化と同時に、さまざまな人々との対話を通じて、自身の視点に関する客観化が進むのです。作品について、様々な話をします。技術、技法。コンセプト、着眼点。問題点、解決法。意味、意義。作品性、社会性。様々な方面から作品や論文を見つめ直します。
 だから卒業制作は、個人的でありながら、同時に社会的であり、集団制作でもあるのです。個を深めながら、同時に世界観を広げる。また、個人の成果でありながら、同時に集団の成果でもある。大学という場は、このような両義性を持つものです。さらに言うならば、大学とは教員学生を問わず、仲間と一緒に何かを成し遂げる場所であり、それゆえに、創造を目指すエネルギーに共感を覚えた人々が集まってくる場なのです。
 社会人でありながら、仕事や家業と学業を両立しながら、大学で学び通した皆さんには、心から敬意を表します。きっと沢山の人に支えられて、現在の成果が成し遂げられたのでしょう。また、学生の皆さんが本学で学ぶ期間中に、あたたかく見守っていただいた御家族や会社の同僚の皆さんに、こころからお礼を申し上げるとともに、ともに祝福を分かち合いたいと思います。この意味においても、卒業制作は、制作や研究活動を支えてくださった皆さんとの共同作品でもあるのです。作品や論文が光り輝いて見えるのは、思索、努力、勉強、仲間、家族、仕事、など、すべての結晶だからです。本当に素晴らしい。皆さん、一緒に拍手を送りましょう。
 このような純粋な創作研究活動は、何事にも代え難い経験です。この素晴らしい成果を第一歩として、卒業後の活動や職業に、本学で学んだ「芸術のこころ」を育み、育て、美しい花を咲かせて続けて下さい。京都造形芸術大学は、卒業後の皆さんと一緒に、皆さんの花が咲き続ける、芸術の森を創り続けてゆきたいと考えています。